「キラは正義だ!」「いや、ただの殺人鬼だ!」 デスノートを見た人なら、一度はこんな議論を見たことがあるのでは?
死神のノートを手にしたライトくんは、「新しい世界を創る」と決意しました
犯罪者を消し、平和な世界を作ろうと…!
ネットでも屈指の愛されキャラのライトくん…!
でも結局「キラ」は正義or悪、どっち!?
僕としての答えは「正義とも悪ともどちらともいえない…」というなんとも宙ぶらりんな結論なのですが…
今回は、さまざまな意見も取り入れながら、このテーマをできるだけわかりやすく考えてみます。
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ライトくんの「正義」は、どこから始まったのか

デスノートを拾ったライトくんは、こんなことを考えます
「この世には、どう考えても消した方がいい人間がいる」
連続殺人を繰り返す犯罪者や、逮捕されてもまた人を殺すような人間
そういう人をノートに書いて消すことで、世界の犯罪が減っていく…
実際にキラが活動を始めると、犯罪率は大きく下がりました
ある意味で、世界は少しずつ「平和」に向かっていったのです
この時点でのライトくんの考えは、とてもシンプルでした
- 悪いことをする人を消す
- それによって、普通に暮らしている人を守る
- 結果として、世界が良くなる
「少数の悪を犠牲にして、多数の善を守る」これが、ライトくんの正義の出発点です
実際「自分の大事な人を犯罪者に殺された人」からすれば、キラの存在はまさに正義に感じられるでしょう
ミサとか魅上はキラに心酔していますしね
戦争も抑え、助かった命もたくさんあります
ここまではまだ「理解できる」と感じる人が少なくないかもですね
特に戦争なんて起こってしまうと大勢の人の命が失われてしまいます…個人的にはキラのあげた功績で一番デカいのはここだと思っています
問題は、ここからです
最初はライトくんも、優秀過ぎるせいで、ちょっとこじらせてしまっただけの純粋な少年だったんですけどね
因みにですが、原作のライトくんは「退屈だったから」な理由ですけども、映画版やドラマ版ではオリジナルでキラになる過程が掘り下げて描写されています
特にドラマ版ではかなり濃密に描かれています
ライトくんの正義の暴走

最初は純粋な気持ちで始めたかもしれません
しかし、ライトくんの「正義」はどんどん暴走していきます
「自分のやっていることは絶対に正しい!自分に反対する人間は、すべて間違っている(=悪である)」 という考え方が、どんどん強くなっていきます
自分の中の「正義」が徐々に「絶対」になっていくのですね
最初は、はっきりと「犯罪者」だとわかる人だけを対象にしていました
え?シブタク?まぁ確かにそうなんですが、う…うぅん、まぁ横に置いておきましょう
この時点では、「自分は世界のためにやっている」という自覚が強かったはずです
しかし、キラに反対する人や、キラを捕まえようとする人(LやFBIなど)が現れると、ライトくんはこう考え始めます
「キラに反対する人間は、結局のところ犯罪者を擁護しているのと同じだ!だから、そういう人間も消すべきだ」
つまり「犯罪者」だけでなく、「自分の考えに反対する人」も消す対象になっていったのです
ライトくんの気持ちとしては…
「自分のためじゃなく、みんなの為に寝る時間も削ってやってんだよ!しかも無償で!ふざけんな!誰のためにやってると思ってるんだよ!」
ってとこでしょうか?
こういうことって社会や実生活でもよくありますよね
一般市民やFBI捜査官まで巻き込むようになった時点で、すでに「本当の悪人だけを消す」という線引きは崩れていました
自分を尾行していたFBI捜査官のレイに始まり、その他のFBI捜査官達…南空ナオミや、Lやワタリも悪人ではありませんでした
FBI捜査官とかを消してしまうと、悪人を捕まえる人が減っちゃいますもんね
彼らを消したことは、結果として世界にとって大きな損失になりました
特にLは「世界一の名探偵」なので、彼を消してしまうと難事件を解決する人がいなくなっちゃうんですよね…
デスノートは名前と顔がわからなければ効果はありませんからね
最初は「世界を良くするための手段」だったノートが、いつしか「自分の正義を守るための武器」に変わってしまいました
Lとの勝負にこだわり、自分へのヒントを与えてしまうような行動も、この絶対化の表れです
本来なら、デスノートを使って密かに、時間をかけてでも「本当の悪人」だけを消し、静かに世界を良くしていくこともできたはず
マンガとして面白いかどうかは別として、真っ直ぐな心と優れた頭脳を持っていたライトくんが、最後にああなったのは、もったいないと感じる人も少なくないのでは?
ライトくんは本当に「悪」だったのか?

結局ですが、ライトくん…いえこの場合はキラですね!キラは本当に「悪」だったのでしょうか?
僕としての答えは「どちらでもある」です
ズルい言い方で申し訳ありません
悪人を裁いていた部分は、確かに正義だったかもしれません
犯罪が減り、戦争もなくなり、平和な世の中に近づいたのも事実です
殺した人数より、助かった人や救われた人の方が圧倒的に多いと思います
そういった人たちからしたらキラは間違いなく「正義の味方」です
特に戦争をなくして何百何千もの命を救ったことは確実だと思います
一方で、FBIやL、ワタリ、さらには父親まで利用した部分は、明らかに一線を越えています
自分を神と位置づけ、反対者を排除する方向に進んでしまいました
自分に忠誠を誓う魅上や、愛してくれているミサも信用も信頼もしていませんでしたしね
つまり、ライトくんの正義は、最初は純粋だったものの、途中から過激で屈折した正義になってしまった…というのが一番近い表現かもしれません
正義と悪は、時代や場所、状況によって大きく変わります
ライトくんは、自分の思う「正しいこと」を実行しようとしました
その結果、犯罪者は減り、ある種の平和は生まれました
ここで、正義側の意見として一貫して挙げられるのが、 「どんな理由があっても、人殺しはよくない」 という考え方です
どれだけ「世界を良くするため」と言っても、人を殺すという行為そのものは許されない
結果として犯罪が減ったとしても、殺された一人ひとりの命は戻ってこない
この立場から見れば、ライトくんの行動は最初から「悪」だということになります
そして、もう一つ大切な指摘があります
結局のところ、一番悪かったのは「人を殺せる力」そのものではないか、ということです
デスノートという絶対的な力が存在しなければ、ライトくんはあそこまで暴走しなかったでしょう
現に「ヨツバ編」では正義に燃えるライトくんがいました
これが本来のライトくんなのです
力を持ったせいで、彼の中で「自分なら世界を変えられる!」という意識が生まれ、徐々に自制を失っていった
人を簡単に消せる力が、正義を絶対化させ、ライトくんを変えてしまったのです
個人的には「ヨツバ編」が一番面白いと思っております
なぜ「正義の絶対化」は危険なのか?

正義そのものが悪いわけではありません
問題は、自分の中の正義が「絶対」になったときに起きる変化
わかりやすく言うと、こんなことが起きます
ここらへんは実生活でも仕事でも気を付けていきたい場面ですね、僕も肝に銘じておこうと思います
まず、自分を疑わなくなります
「自分は正しい」と思い込むと、自分の行動を振り返りません
間違いを指摘されても、「相手が間違っている」と考えるようになるんですね
そうすると自分の成長はなくなります
まぁライトくんは超絶優秀な完璧超人ですから、その必要もないのかも
自分以外の人間全員をバカだと見下していたでしょうね
しかし僕たちはだいたい平凡かそれ以下なので、見失わないでおきたいマインドです
もう一つは、反対意見を「敵」と見なしてしまいます
違う意見を持つ人が、ただの「意見の違う人」ではなく、「敵」に見えてしまうのですね
気持ちはわからなくもないですが、反対意見というものは、自分一人では気付くことのできない貴重な視点の場合もあります
度を超えた誹謗中傷は論外ですが、うまく取り入れていきたいところです
そこも、絶対的な信念を持っているライトくんなので必要を感じなかったかもしれません
最後にもう一つ、手段がどんどん過激になっていく恐れがあるんですね
最初は「犯罪者を消す」だったものが、「反対する人を消す」になっていきます
その為に父親まで利用してしまったのは極端な例です
デスノートでは、この変化がとても丁寧に描かれています
ライトくんは最初から狂っていたわけではありません
「正しいことをしている」という確信が強すぎたあまり、自分の行動の危険性に気づけなくなっていったのでは?と思います
この話が問いかけていること

デスノートが怖いのは、ライトくんの話が「特別な天才の話」で終わらないところです
私たちは日常の中でも、似たようなことをしています
- 「自分は正しい」と思った瞬間に、相手の意見を聞かなくなる
- 集団の中で「正義」を振りかざして、少数派を排除する
- SNSで「悪」だと決めつけて、攻撃する
ライトくんのようにノートを持って人を殺すことはなくても、 「自分の正義を絶対化する」という構造は、私たちの中にも存在しています
そして、もし「人を簡単に消せる力」が自分の手元にあったとしたら…
その力自体が、人を変えてしまう危険性を持っていることを、デスノートは静かに教えてくれます
デスノートが本当に問うているのは、 「ライトくんは悪だったか?」というよりも、
「もしあなたが絶対的な力を手にしたら、自分の正義を絶対化せずにいられるか?」
という問いなのかもしれません
宝くじに当選すると破滅しちゃう…みたいなこともあるみたいですし、身の丈にあわない力を持つと人間は暴走しちゃうんでしょうかね?
作者:大場つぐみ先生の発言

ここで作者のコメントも見てみましょう
原作者の大場つぐみ先生は、ライトくん(キラ)を「悪」だと明確に述べています
『DEATH NOTE HOW TO READ 13』(公式ガイドブック)やインタビューなどで、大場先生が語っています
一方で「善か悪かを定義することはあまり重要ではない」「人間は死んだら戻ってこない、だから今を大切に生きるべき」といったメッセージを優先したとも述べており、善悪の二項対立を作品の核心に据えるつもりはなかった、とも話しています
つまり、ライトくんを悪としつつも、単純な「絶対悪の悪役」として断罪するより、「ノートという力を持った人間の堕落」や「正義の相対性」を描く意図が強かった、というのが作者の意見のように感じます
メタ的なこと言っちゃうと、泣いても笑っても「少年ジャンプ」ですしね、どんな理由があっても殺人を認めるわけにはいかなかったのかもしれません
結論

ライトくんは、最初から完全な悪ではありませんでした。 彼は「正義」を実行しようとした人間でした
しかし、その正義が「絶対」になったとき、彼は自分の行動を疑う力を失い、反対する者を消す存在になってしまいました
本当の悪人だけを密かに消し、時間をかけて世界を良くしていく道もあったはずなのに、神になろうとし、Lとの勝負にこだわり、多くの人を巻き込んでしまった
どんな理由があっても人殺しはよくない、という意見は一貫して重いものです
そして、結局一番悪かったのは、人を殺せる力そのものだったのかもしれません
正義は大切です。 でも、正義が「絶対」になった瞬間、それはとても危ういものに変わります
デスノートが今も議論され続ける理由は、この問いに、簡単に答えが出ないからです
あなたは、どう考えますか?




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