「マンガの神様」こと手塚治虫
彼がいなければ、私たちが今楽しんでいる『ONE PIECE』も『鬼滅の刃』も、そして日本が誇るアニメ文化も存在しなかったかもしれません
そう言われても、「具体的に何を変えたの?」と疑問に思う方も多いはずです
今回は、手塚治虫が後の世に与えた影響について、少し詳しく、かつ分かりやすく解説していきます
彼がまいた種が、どのように現代へつながっているのか、一緒に見ていきましょう
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ちなみに僕はド王道ですが「ブラック・ジャック」が大好きです
1.「映画的手法」でマンガに"時間"と"音"を与えた

今のマンガは、読むだけでキャラクターの声が聞こえてきたり、スピード感を感じたりしますよね
実はこれ、手塚治虫が発明した「映画的」な演出のおかげなんです
それまでのマンガ(ポンチ絵と呼ばれていた頃)は、舞台の演劇を客席から定点カメラで見ているような、平坦な構図がほとんどでした
四コマ漫画みたいな、カメラワークもずっと同じ…単調な作品が主流だったそうですね
手塚治虫はそこに革命を起こしました
2. 「善悪の区別がない」複雑なドラマ性

かつての子ども向けマンガは、「正義の味方が、悪い怪獣を倒してハッピーエンド」という勧善懲悪
が当たり前でした
しかし、手塚作品は一味違います
彼は子ども向け作品であっても、大人の鑑賞に堪えうる複雑なドラマを持ち込みました
ブラック・ジャックや火の鳥を読んで、救いのない話に戸惑ったのは今でも覚えています
「歪んだ人の心までは治せん」みたいな
3. 日本アニメの「作り方」そのものを発明した

今、日本のアニメは世界中で放送されていますが、そのビジネスモデルを作ったのも手塚治虫です。
彼が『鉄腕アトム』をテレビアニメ化する際、最大の壁は「予算」と「時間」でした
ディズニーのような滑らかなフルアニメーション(1秒間に24枚の絵を使う)を毎週放送するのは、コスト的に不可能だったのです。
そこで彼は、あえて「絵を動かさない」工夫をしました
ジャパニメーションとか皮肉言われてたりしましたね、でもそれがまた日本の良いところなんだと、僕は思います
当時は「紙芝居だ」と批判もされましたが、この省エネ手法があったからこそ、日本は限られた予算で大量のアニメ(特に30分番組)を量産できるようになり、現在のアニメ大国への道が開けたのです。
4. 伝説のアパート「トキワ荘」と後進の育成

手塚治虫の影響を受けたクリエイターは数知れませんが、特に有名なのが、彼が住んでいたアパート「トキワ荘」に集まった才能たちです
彼らは「手塚先生のようになりたい」と志し、トキワ荘で寝食を共にしました
手塚治虫がいなければ、ドラえもんも仮面ライダーも生まれていなかったかもしれません
彼は自分の技術を隠すことなく後輩たちに教え、時にはライバルとして刺激し合いました
この「継承」の流れがあったからこそ、日本のマンガはジャンルを広げ、豊かに発展していったのです
他には、僕の尊敬する永井豪先生もかなりの影響を受けています!
ここらへんはけっこうこちらの漫画で語られていましたね
5. 作品をつなぐ遊び心「スター・システム」

最後に、少し楽しい影響について。「スター・システム」という言葉を聞いたことはありますか?
これは映画俳優のように、キャラクターを「役者」として扱う手法です
手塚治虫は、自分で生み出したキャラクターを、作品が変わるごとに違う役で登場させました
あだち充先生も多用してましたね!
読者は「あ、このキャラまた出てる!今回はどんな役だろう?」と探す楽しみが生まれます
これは、現代のマンガ家が自分の過去作のキャラをカメオ出演させたり、ゲームや映画で世界観を共有(クロスオーバー)させたりする手法の原点と言えるでしょう
ファンへのサービス精神も、彼が広めた大切な要素の一つです